●文化フェス:考えさせられ、楽しませてくれた演奏会(2006/11/20)
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東京都港区のサントリーホールで「中国文化フェスティバル2006」のオープニングコンサートが開催された。演奏は中国国家交響楽団、李心草(指揮)、陳俊華(民族唱法女声)、陳悦(簫)、張暁紅(筝)、王爽(京胡)、麼紅(ソプラノ)、孫穎迪(ピアノ独奏)、廖昌永(バリトン)、黄蒙拉(バイオリン)。日中の作品に加えてクラシックの「定番」を盛り込むという多彩なプログラムだった。
■最も注目される青年指揮者・李心草
指揮者の李心草は、1989年に中国の音楽教育の最高峰として知られる中央音楽学院指揮科に入学。93年には第1回全国指揮者コンクールで第1位になり、94年からは中国中央バレエ楽団の常任指揮者を務めている。その後ウィーンに留学し、97年にはブザンソン国際指揮者コンクールで、第2位に入賞している。現在は中国国家交響楽団の常任指揮者と中国中央バレエ楽団の首席指揮者を務めている。
李心草の指揮振りの第1の特徴は、無駄な動作がないことだ。大きな身振りは「ここぞ」というポイントのみ。要点を押さえたタクトさばきで、小気味よく指示を出す。ちょっとし動作に奏者たちもしっかりと反応する。これまでマーラーやショスタコビッチ、シベリウスなどを多く手がけているが、安定した技術の持ち主ということで、難曲を確実にこなすことができるのだろう。中国では「最も注目される青年指揮者」とされており、今後も活躍の場が増えていくのは確実だ。
■文化交流のあり方考えさせられた「覇王別姫」
この日の1曲目は團伊玖磨作曲の祝典行進曲。実はこの日、直前のセレモニーがかなり長引いた。例えば管楽器などの場合、チューニングをベストの状態にするため、出番のタイミングを見計らって楽器を息で暖めておくので、待ち時間が予想以上に長いと困ってしまう。そういった「ハンデ」もあったからか、冒頭の部分ではやや固さが感じられたが、全体的にみれば楽曲のオーケストレーションの醍醐味を楽しませてくれる演奏となった。
2曲目は日本初演となる交響幻想曲「覇王別姫」(写真)。オーケストラの他に、女声、簫(縦笛)、筝、京胡が加わる。紀元前の漢の劉邦と楚の項羽の最後の決戦と、項羽の愛姫だった虞美人の悲劇をテーマとした作品。ただし、音楽的には比較的新しい京劇の「覇王別姫」の要素を取り入れたものだ。
しっかりと構成されており楽しめる作品だが、慣れないと京胡の音色に違和感を感じてしまうかもしれない。京胡は京劇で用いられる弦楽器。二胡を小型にした形状だ。虞美人の悲痛な心情を表現するために用いられるが、オーケストラとの音色の差が大きいために、聞きようによってはユーモラスに聞こえてしまう。
よく「音楽に国境はない」と言われるが、必ずしもそうではない。音に対する感性というものは、民族ごとの文化的背景にも影響される。つまり「とにかく聴けばわかる」というものではない。だが、逆に言えば「作品の周辺を知れば知るほど文化の真髄に触れ、楽しむことができる」ということにもなる。
日本人はとかく、「日本人は中国文化をよく理解できる」と考えがちだ。たしかにそういう面はあるが、ある程度理解のための努力をしなければ、表面的な部分しか分かっていないのかもしれない。日中の文化交流について考えられさせた一曲だった。
■実力者の熱演に盛り上がった会場
ソプラノの麼紅は、ベルディの椿姫から「ああ、そはかの人か−花から花へ」を披露。麼紅は中国でもトップクラスのソプラノ歌手として評価されているだけなく、目鼻立ちのくっきりとした、いかにも舞台映えのするオペラ歌手として、テレビなどの出演も多い。しかしその歌はむしろ、ピアニッシモの美しさを大切にしている。繊細な音づくりが印象に残った。
一方、バリトンの廖昌永はロッシーニのセビリヤの理髪師から「私は町の何でも屋」を歌唱。軽快かつ表現力に富む歌いぶりは会場を沸かせた。指揮者もオーケストラを巧みにドライブし、オーケストラもそれに応える。文句なしに楽しめる1曲に仕上がった。
この日、孫穎迪のみはオーケストラなしのピアノ独奏。難曲中の難曲とされる、リスト作曲メフィストワルツ第1番を弾いた。粒の揃った音で、情熱的に演奏を進める。もう少し、他の曲の演奏も聴きたくなる腕の持ち主だ。
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲は第3楽章のみの演奏だったが、黄蒙拉は熱演。中国ではチャイコフスキー人気が高く、オーケストラも演奏しなれているのだろう。この曲もノリのよい演奏で、聴衆を十分に堪能させてくれた。
アンコールは外山雄三作曲の「管弦楽のためのラプソディ」から。日本民謡の八木節に基づく曲想だが、中国人の音楽家が演奏して表現性に違和感は全くない。聴衆も演奏者も一緒になって楽しむ、「中国文化フェスティバル」のオープニングにふさわしい締めくくりとなった。
(編集担当:鈴木秀明)
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