●巨匠・張芸謀(チャン・イーモウ)が語る、高倉健と『単騎、千里を走る。』(2006/02/02)
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 1978年に中国全土で公開され、大ヒットした佐藤純弥監督の映画『君よ憤怒の河を渉れ』の主演として、中国の人々に鮮烈な印象を植え付けた高倉健――。今や中国映画の巨匠と呼ばれる若き日の張芸謀(チャン・イーモウ)も、この映画に胸を熱くした1人だった。その2人が、現在公開中の日中合作映画『単騎、千里を走る。(中国語タイトル:千里走単騎)』でタッグを組むことに。ストーリー設定からキャスト選び、撮影時の秘話までを来日した張・監督に語っていただいた。
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――この映画のアイディアが最初に浮かんだのは5年前のことと聞きましたが、『英雄(邦題:HERO)』、『十面埋伏(邦題:LOVERS)』の公開よりもずっと前の話ですね?
 そうなんです。2000年に高倉健さんと一緒に映画の構想を練り始めました。その後、なかなか気に入る脚本ができなかったので、脚本家は10数人も交代しました。そうこうしているうちに、『HERO』と『LOVERS』の方が先に公開されてしまったわけです。
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――『単騎、千里を走る。』というタイトルは、「三国演義」(三国義演義)の中のエピソードが由来になっていますが、なぜこのタイトルに決まったのですか?
 構想の初期の段階ではこうなるとはまったく考えていませんでした。最終的に採用された脚本に、雲南省の地方劇を演じるというシーンが出てきたのです。三国演義の一節を演じるものでした。それで、その劇のタイトルを映画に冠することにしました。
 1人の日本人の初老の男が、長年仲たがいしている息子のために初めて中国に渡り、息子の夢を叶えようと、現地の人々の助けを借りながら雲南の奥地まで旅をするというこの映画の内容にぴったりでした。文字自体も中国人にも日本人にも親しみやすいと思ったので。
 映画では高倉さんに、中国人の中でどうやって気持ちを伝えたらいいのかも分からないし、黙るしかない、という孤独を感じてもらうために、高倉さん以外の役はすべて、プロでない人を起用したんです。高倉さんは中国の俳優と出会ったのではなく、この映画の中で、一般の人と出会った。高倉さんに、中国の真実の生活の中に入り込んでもらいました。
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――「独りでなにかに挑む」という設定は、監督のこれまでの作品『秋菊の物語』(92年)、『あの子を探して』(97年)に共通するものですね。今回の作品の設定も、基本は監督のアイディアによるものですか?
 脚本家にはまず、「1人の日本人が中国に来る物語だ。日本人は高倉健さんが演じる」とそれだけ伝えて、自由に書いてもらおうとしました。ところが、それではなかなか脚本が進まなかったので、脚本家たちに映画の設定に関する私のアイディアを断片的に話しました。
 高倉さんが演じた高田剛一はとても内向的な性格で、中国の人々に自分の気持ちを伝えるのに、直接ではなく、旗に書かれたメッセージをビデオに撮ってその画像を見せた。この辺のアイディアは、私が見かけたことのある日本人旅行者がみんな、ビデオを持って歩いていたところから生まれました。そうやって、だんだんと脚本が出来上がってきたのです。
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